【復活節第4主日礼拝】 2008年4月13日(日)午前10時半
2008年度主題聖句による説教「目を覚まして、信仰に立て」 牧師 佐藤誠司
聖書:第一コリント16章13節・マタイによる福音書26章36〜46節
今日は2008年度主題聖句から福音のメッセージを聞きます。2008年度の主題は「礼拝者の群れを築こう―まず礼拝から始めよう」。この主題のために選ばれた聖句が第一コリント16章13節です。
「目を覚ましていなさい。信仰に基づいてしっかり立ちなさい。雄々しく強く生きなさい。」
使徒パウロの言葉です。私たちキリスト者が生活の中で信仰に生きる。それはどのような場面でも目を覚ましていることなのだとパウロは考えたのです。四つのことが命じられています。「目を覚ましていること」「信仰に立つこと」「雄々しくあること」「強くあること」です。これらはバラバラではなく、互いに深く関連しています。目を覚ますとは、見るべきものを見ることです。それは主イエスのお姿であり、神の御業であり、救われている自分の姿でもあります。これらは信仰に立つときにハッキリ見えてくるのであって、それ以外のところ、例えば信念に立っても見えてはこないのです。信念というのは、どこまで行っても自分の信念だからです。そして信仰に立つと、私たちキリスト者は雄々しくされ、強くされます。ここのパウロの言葉遣いは慎重です。パウロは「強くあれ」と言っているのではないのです。どう言っているかというと「強くされなさい」なのです。つまり受け身なのです。自力で強くあるのではない。強くしていただきなさいとパウロは言うのです。まさに「わたしを強めてくださるお方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」(フィリピ4章13節)と言うとおりです。ここに立つと、弱い者が強くされる。それがキリスト者の強さではないでしょうか。そしてこの強さが人を真の意味で目覚めさせるのです。
目を覚ましているとは、信じて待つことでもあります。ですから主イエスも弟子たちにしばしば「目を覚ましていなさい」とおっしゃった。それは主イエスの地上のご生涯の終わり近くに集中して出て来るのです。マタイ福音書24章42節の「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである」という言葉に導かれるようにして、二つの譬え話を主はお語りになりました。主人が帰って来るのを目を覚まして待つ僕の譬えと、花婿の到来をランプの火を絶やさずに待つ花嫁の譬えです。そしてこの譬え話の後で、主イエスは実際に弟子たちにおっしゃるのです。
「わたしと共に目を覚ましていなさい。」
ゲツセマネの園での出来事です。「わたしと共に」と言っておられます。私たちが信じて待つとき、目を覚ましているとき、それは必ず「主イエスと共に」なのです。私たちは一人で目を覚ましているのではない。必ず主イエスが共にいてくださる。なぜなら主イエスというお方は「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる」と約束してくださったからです。この約束を信じて、目を覚まして歩みましょう。信仰に立って歩みましょう。今週も主の祝福がありますよう祈ります。



【予告】
○次週の主日礼拝 4月20日(日)午前10時半 復活節第5主日
 ルカ福音書による説教「秘密を明かす神」 牧師 佐藤誠司
 聖書:イザヤ書7章14節・ルカ福音書1章26〜38節
○礼拝後に婦人会例会と青年会の「お花見会」があります。


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