【聖霊降臨節第11主日礼拝】 8月5日(日)午前10時半
第一コリントによる説教「神に喜ばれる生活とは」 牧師 佐藤誠司
聖書:創世記3章20〜24節・第一コリント7章1〜7節
コリント教会に性的な不品行に走る教会員が現われたことが、波紋を広げました。厳格な人々は不品行に走る者はもはやキリスト者ではないと言い、反対に肉体で罪を犯そうとも魂の救いには何ら関係がないと言う人々、あるいは結婚にすら性的汚れをみて結婚に反対する人々が現れました。これらの人々からの質問状にパウロは丁寧に答えます。パウロは人を聖なる者と汚れた者に分けることを拒否します。人はすべて罪に汚れているのですから。その汚れた者がキリストの贖いによって、いさおのないまま聖なる者とされているのです。パウロの出発点はいつもここです。ここからパウロは結婚について語り始めます。「人はそれぞれ神から賜物をいただいているのですから、人によって生き方が違います」。パウロは結婚を絶対的なものとは考えていません。独身の生き方をもパウロは認めるのです。その上でパウロは神に喜ばれる生活としての結婚の意義を語ります。男を夫とし女を妻としてくださる神が二人の間にいてくださる。このお方の栄光を証ししていくのが結婚の意義です。つまり、結婚とは祈りの一つの“かたち”なのです。欠けある者が祈り合い、支え合って歩む。その一歩一歩を神は祈りとして引き上げてくださる。だからパウロは言うのです。「男はめいめい自分の妻を持ち、また、女はめいめい自分の夫を持ちなさい」。
今週も導きにこたえて歩めますよう祝福を祈ります。
【予告】
○次週の主日礼拝 8月12日(日)午前10時半
説教「平和な生活を送るために」
聖書:マラキ書2章13〜16節・第一コリント7章8〜16節
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