【聖霊降臨節第16主日礼拝】 9月9日(日)午前10時半
第一コリントによる説教「福音に突き動かされて」 牧師 佐藤誠司
聖書:イザヤ書50章4〜9節・第一コリント9章1〜18節
コリント教会は使徒パウロがその基礎を築いた教会です。したがってコリント教会の人々はパウロから手引きを受けて、信仰に導かれた。言ってみれば両者は親子の関係に譬えられるでしょう。その親子の関係にひびが入りました。コリント教会の人々がパウロの使徒性を否定し始めたのです。これは福音の前進に関わることですから、パウロは明確に言います。「わたしは自由な者ではないか。使徒ではないか。わたしたたちの主イエスを見たではないか。あなたがたは、主のためにわたしが働いて得た成果ではないか」。しかし、コリント教会の人々の批判はパウロの生活にまで及んだようです。あの人は福音をメシの種にしている…。これに対してパウロは伝道者の権利を弁明します。「(伝道者は)生活の資を得るための仕事をしなくともよいという権利がないのですか。そもそも、いったいだれが自費で戦争に行きますか」「主は福音を宣べ伝える人たちには福音によって生活の資を得るようにと、指示されました」。しかし、パウロは伝道者の権利を弁明しているのであって、自分のための弁明をしているのではありません。「しかし、わたしたちはこの権利を用いません。かえって福音を少しでも妨げてはならないと、すべてを耐え忍んでいます」。福音ゆえの、愛ゆえの権利の放棄。パウロの言う「自由」とは、これだったのです。パウロは福音に突き動かされて、こう言います。「私の報酬とは、福音を告げ知らせるときにそれを無報酬で伝え、福音を伝えるわたしが当然持っている権利を用いないということです」。これは誰にも奪えない神からの報酬です。あなたがたにも、同じ生き方をしてほしい。パウロの願いが聞こえてきます。今週も主の導きと祝福がありますよう祈ります。


【予告】
○次週の主日礼拝 9月16日(日)午前10時半
 説教「共に福音に与るために」
 聖書:イザヤ書41章8〜10節・第一コリント9章19〜27節


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