聖霊降臨節第19主日礼拝 9月30日(日)午前10時半
説教「あなたは誰のものか」 教師 堀岡満喜子
聖書:イザヤ書43章1〜4節・ルカによる福音書14章15〜24節
キリスト教会の伝統的遺産にハイデルベルク信仰問答というものがあります。その第一問は、「生きるにも死ぬにもあなたのただ一つの慰めは何ですか」と問います。それに対して「わたしがわたし自身のものではなく、体も魂も、生きるにも死ぬにも、わたしの真実な救い主イエス・キリストのものであることです」と答えます。
現代は、「自分」に執着する時代ではないでしょうか。私たちの周りでは「自分」と言う言葉が溢れているようです。しかし、そこから出発して本当に「わたしを生きること」ができるでしょうか。
主イエスは、大宴会の譬え話を話されました。宴会を開くので、王が客を招待したのです。ところが、畑を買ったばかりで見に行くという人。牛を飼ったところなので世話しなければならないという人。妻を迎えたばかりだという人。皆、自分の事情を理由にこの招きを断ったのです。王は怒って、体の不自由な人や貧しい人たちを招き入れるように、それでも足りなければ誰でも無理にでもひっぱってきて会場をいっぱいにするように遣いに言い渡したという話です。
この話は、私たちをご自身の宴に招いておられる主イエスの譬え話です。既に毎週、私たちは主日ごとに礼拝に招かれています。ところが、ここに集わないことがあります。理由はあります。けれども、この礼拝への主イエスの真剣な招待、それは十字架にかかってまでも私たちを招かれる真剣な招きであることを、本当に受け止めてなお、断らざるをえないほどの理由でしょうか。案外、あっさりと断ることの多い者なのではないでしょうか。
「わたしがわたし自身のものではなく、体も魂も、生きるにも死ぬにも、わたしの真実な救い主イエス・キリストのものであること」
ここに、私たちの真実な慰めがかかっています。存在の全てがかかっているのです。そうだとすればもっと真剣に、主イエスのご招待、礼拝への招待を受け止めたいと思います。そして、ここでこそ受ける福音、慰めの恵みを集い得ない方々に届けたいと思います。礼拝堂がいっぱいになることを切実な願いとして主は、招いておられます。主イエスのものとして、全存在を傾け、この主の求めておられることのために仕えて行こうではありませんか!
【予告】
○次週の主日礼拝 10月7日(日)午前10時半
説教「一つの体となるために」
聖書:詩編23編1〜6節・第一コリント10章14〜22節
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