【降誕前第8主日礼拝】 11月4日(日)午前10時半
伝道月間主題による説教「涙の中にある出会い」 牧師 佐藤誠司
聖書:詩編32編1〜11節・ルカによる福音書7章36〜50節
詩編32編を読みました。これは罪の赦しを真正面から歌った極めて珍しい詩編です。多くの詩編は試練や苦しみを歌っても、どちらかというと被害者の立場から神に向かっているのですが、この詩編は違う。神に対する罪を明確に認識し、罪ゆえの苦しみをつぶさに描き込み、そしてその罪が赦された感謝と喜びを堂々と歌うのです。
「いかに幸いなことでしょう 背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。いかに幸いなことでしょう 主に咎を数えられず、心に欺きのない人は。
わたしは黙し続けて 絶え間ない呻きに骨まで朽ち果てました。御手は昼も夜もわたしの上に重く わたしの力は 夏の日照りにあって衰え果てました。わたしは罪をあなたに示し 咎を隠しませんでした。わたしは言いました 『主にわたしの背きを告白しよう』と。そのとき、あなたはわたしの罪と過ちを 赦してくださいました。」
この詩編のとおりに主の前にたたずんだ女性がいます。ルカ福音書7章が語る「罪の女」です。ルカ福音書は彼女を「一人の罪深い女」とだけ記します。ですから私たちは彼女の所業について詮索しないほうが良いのです。彼女は自分の罪を深く認識し、苦しんでいた。そして町の人々から後ろ指をさされていた。そういう女性だと前置きした上で、ルカは主の前でとった彼女の行動を克明に追います。
「香油の入った石膏の壷を持って来て、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った」。
異様な、息を呑む行動です。同席していたファリサイ人シモンが心の中で主イエスを咎めたのも無理はないのです。しかし、主は彼の心を見抜き、さらに彼女の思いをも見抜いて、一つの譬話を語られた。
「金貸しから500デナリオン借りた者と50デナリオン借りた者が共に返済できず、金貸しは彼らの借金を帳消しにしてやった。さてどちらが多く金貸しを愛するか?」。
主イエスはしばしば神への罪を返済不可能な借金に譬えられました。ここもそうなのです。キーワードは「愛」です。主イエスは「どちらが多く感謝するか」ではなく「どちらが多く愛するか」と問われたのです。シモンは答えます。「帳消しの額が多い方です」。主イエスはここでご自分の前にひざまずく女に目を注がれる。
「この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる」。
彼女はひたすら涙していたに違いないのです。しかし、その涙の中身は時と共にガラリと変わる。次の言葉を主イエスから聞いたときに変わるのです。
「あなたの罪は赦された」「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」。
悲しみの涙から感謝と喜び、そして愛の涙へ。主イエスの尊い御業がここにあります。涙の中にある出会い。この出会いは、今の私たちにも備えられています。その出会いの中を、主イエスを愛して、ご一緒に歩もうではありませんか。今週も主の祝福がありますように。



【予告】
○次週の主日礼拝 11月11日(日)午前10時半 11月伝道月間A
 説教「主のもとに帰って来る」 
 聖書:詩編126編1〜6節・ルカによる福音書17章11〜19節
○「詩編を読み継ぐ会」 礼拝に引き続いて行います。


【 ≪ 前の1 件 】【 次の1 件 ≫ 】
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39] [40] [41] [42] [43] [44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55] [56] [57] [58] [59] [60] [61] [62] [63] [64] [65] [66] [67] [68] [69] [70] [71] [72] [73] [74] [75] [76] [77] [78] [79] [80] [81] [82] [83] [84] [85] [86] [87] [88] [89] [90] [91] [92] [93] [94] [95] [96] [97] [98] [99]