【降誕前第6主日礼拝】 11月18日(日)午前10時半
収穫感謝合同礼拝 説教「イエス様が見えた」 牧師 佐藤誠司
聖書:マルコによる福音書10章46〜52節
今日は収穫感謝の合同礼拝として、子供たちと共に礼拝をしています。子供さんびかの119番を歌いました。とても愛らしい讃美歌でしょう? 子供たちの大好きな曲です。どうして大好きなのか、聞いてみたことがあります。すると、子供たちはこう答えるのです。「イエス様の歌だから」。でも、よく歌詞を見てください。
「やさしい目が きよらかな目が きょうもわたしを見ていてくださる 『まっすぐに歩きなさい』と 見ていてくださる」
いかがです? どこにも「イエス様のやさしい目」という言葉はありません。二番、三番も同じです。この歌には「イエス様」という言葉は出て来ないのです。にもかかわらず、子供たちは見ている。イエス様のやさしい目を、彼らは見ている。だからこそ子供たちはこれをイエス様の歌だと確信しているのです。主イエスの姿を彼らは見ているのです。その見方は、決して客体として客観的に見ているのではない。主イエスのやさしい目、その眼差しの中に自分が包まれているのを彼らは見るのでしょう。同じような見方で主イエスのやさしい目を見た人がいます。マルコ福音書10章が伝える盲人バルティマイです。彼は物乞いとして道端に座っていたと書いてあります。けれども、彼の真意は金品ではなかったと思います。エリコの住人バルティマイは今主イエスがエルサレムを目指して旅しておられることを噂に聞いていたでしょう。エリコはその途上です。バルティマイは待っていたのです。主イエスがこの道をお通りになるのを待って、道端に座ったのです。そこへ主イエスが来られる。バルティマイは叫びます。「ダビデの子イエスよ、私を憐れんでください」。人々が彼を黙らせようとしますが、彼はますます力のかぎりに叫ぶのです。主イエスはその声を聞いてくださいました。彼を呼び寄せてくださったのです。こう書いてあります。「盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た」。バルティマイの胸の躍動が伝わってきます。主はこうお尋ねになった。「何をしてほしいのか」。バルティマイは答えます。「先生、目が見えるようになりたいのです」。主イエスはそんな彼に言われる。
「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」
盲人はすぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従ったと書いてあります。彼の目に何が見えたのでしょうか? 主イエスの眼差しが見えたのです。主イエスの愛の眼差しの中にいる自分を彼は見たのです。主イエスを見るとは、そういうことなのです。今週も主の祝福を祈ります。



【予告】
○次週の主日礼拝 11月25日(日)午前10時半 11月伝道月間C
 説教「恐れずに、ただ信じなさい」
 桜木教会の山上清之牧師をお迎えしての特別伝道礼拝です。この日は桜木教会と長町教会の交換講壇として、同じ聖書の箇所で二つの教会が礼拝を守ります。
 聖書:ルカによる福音書8章40〜56節
○詩編を読み継ぐ会と愛餐会 礼拝に引き続いて行います。


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