降誕節第5主日礼拝―石川地区交換講壇 2008年1月27日(日)午前10時半
説教「思い煩いからの解放」 小松教会伝道師 松島保真
聖書:詩編91編1〜16節・フィリピの信徒への手紙4章6〜7節
わたしたちは、日々いろいろなことを思い煩(わずら)います。将来のこと、健康のこと、育児のこと、職場や学校の人間関係のこと、家族のことなどなど、いつも何かを心配しています。思い煩うことがなくなれば、こんなに楽なことはありません。主なる神は聖書を通して、そのようなわたしたちの現実に向かって、次のように語りかけてくださっています。
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」
 自分を思い煩いに支配させてはなりません。わたしたちの真の主は、思い煩いではなく、主イエス・キリストの父なる神です。自分でああでもない、こうでもないと考えるよりも、すべてを神にお任せする。そのとき、私たちは本当の安らぎを得ます。しかし、それはあきらめることではありません。神を信じ、希望を持ちつつ、神に一切を任せることです。
どのようにお任せするのか。それは、どんなことでも感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めていることを神に打ち明けることです。祈りにいい悪いはありません。祈りは、どんなことでも祈ってかまいません。自分で自分の祈りを評価する必要もありません。ただ神の前で素直に祈り求めればいいのです。神は、そのような祈りを喜ばれます。祈りは、神との交わりの時であり、それは神にすべてをゆだねている証しです。神に信頼しないならば、祈る必要もありません。祈りは現実逃避ではなく、神が共にいてくださるという確信に満ちた最も現実的な行動なのです。確かに祈っている姿は、目をつむり手を組んで、とても弱々しい姿に見えます。何にもしていないようにも見えます。しかし、決してそうではありません。キリストを救い主と信じる人にとって、祈りより力強い行動はありません。祈りは、自分の力以上のものにすべてをおゆだねするのですから、これほど確実なことはないのです。
私たちの日々の思い煩いを祈りによって神の光のもとにさらしましょう。そして、すべてのことについて感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けましょう。息を詰めていないで、一度大きく吐きだして、神の御前で深呼吸をしてみましょう。そのとき、わたしたちの思いを遥かに超える神の恵みが豊かに注がれ、神と共に生きる喜びに満たされるでしょう。
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」
この御言葉を胸に、今日から始まる一週間も神が与えてくださる平和のうちに生かされてまいりましょう。



【予告】
○次週礼拝 2月3日(日)午前10時半
 説教:「キリストは死者の中から復活し」 
 聖書:詩編103編1〜22節・第一コリント15章12〜20節
 聖餐式があります
○午後7時半より同じメッセージで夕礼拝があります


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